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2015年8月30日日曜日

夏果てる

母の祥月命日が終わるころになると、秋の気配があちこちに佇みはじめ、あの、母が旅立った後の忙殺さと、憔悴しきった後の、この何とも気だるく、暮れてゆく夏とともに、日が短くなり、風が心もとなくなる、そんな夏の終わりは、やはりあまり好きではない。
お気に入りのお香を焚くひととき。雨の日が続き家の中がほんのりかび臭くなるこの季節。伽羅、沈香が、信じられないくらい部屋を清めてくれます。
今年の命日は、たまたま休みだった娘とともに墓へ出かけ、つい先日盆参りをした後の朽ちた花を片づけながら、また来ましたよと、声をかけ、墓をきれいに洗い清める。こういった先祖から続く墓への畏敬の念は、やはりしっかり子供に伝えていかねばと思う。無縁仏が増え続ける今現在において、墓の意味は難しいし、私は娘を一人しか授からなかったから、墓を守るのは彼女しかいない。しかし、強いることはしたくないし、娘が他家へ嫁げば、この墓もまた無縁仏になってしまう。
私も一人っ子であって、浅はかにも他家へ嫁いでしまった後、父の墓を母一人が守っていたけれども、母も亡くなった今は、私が守らなければいけない。母は、そんな世話をかけたくないと常々話していたけれど、心のよりどころとなる墓があることは、ありがたく、無理をしても建立した甲斐があったと、今は思う。

小さな仏壇に、飾りきれないくらい花を盛って。
暑さもひと段落、盆と命日もしっかり供養し、そぞろ寒い朝晩の空気。
からだを動かすのもずいぶんと楽になってきてありがたい。

ふと、思い立ってお茶の点前を思いだしながら、ひと時を過ごす。

思えば厳しい師にしっかり叩き込まれた立ち居振る舞い。茶道は点前を極めるだけではない。すべてが学習で、高校生になりたての私を、母が町で一番厳しいと評判だった茶道の師の元へ送り込んだのだ。

先生の一言一句を見落とさず、根性まで習ってきなさい。と、言われた言葉を今でも忘れない。師匠は決してやさしくはなかったけれど、いつもお茶に対する愛着と、愛情をこれでもかというくらい弟子たちに教えてくれた。
今の若い人には到底、我慢できないくらいの厳しさではあったけれど、その時お稽古を受けさせていただくという、師匠への尊敬は、至極当然の時代だった。

いつのころからすっかり学ぶという姿勢が、御座なりになり、さっさとカリキュラムをこなし、許状をもらえばすっかり先生気取りで、生徒を取り金儲けをするのが主流になってしまった悲しい日本の文化。

略盆点前は、茶道を始めるとまず教えてもらう初めてのお点前。私の弟子時代は最初の三か月はこの略盆点前でさえ、させてもらえなかった。今の人には無理な話だろうな・・・

一つづつ、茶道の動きは理にかなった動きで日常生活にも大変役に立つのです。
先日、今でも弟子を持っている先生にお会いしたら、今の若い人は月謝の意味を知らなくて、ご自分のご都合で月に一回しかお稽古に来られないとなると、月謝を値切るというから、もう、話にならない。
先生は、今は都度会費としていただきながら教えていますのよ。と、こぼされた。

日本全体がおかしくなっているのは、こんなことも一因であると、感じるのは私だけか。お月謝は欠席、出席関係なく月に師匠に収めるもの。出席するのは当たり前で、お稽古をつけてもらうというのはそういうことだ。

先生はお弟子さんがいつ来てもよいように、火を起こし、炭をついで茶釜のお湯がいつでも使えるように準備して待っていてくださるのだ。
お茶をふるいにかけ、棗に装い、朝から季節の茶花を用意し水揚げを気にし、高価な掛軸を清めた床の間に掛け、お香を焚き、万全の茶室にして弟子を待っているのだ。
独り稽古でも、お茶をふるって棗に入れて、茶碗に抹茶を整えます。

風炉や、釜もだんだんに用意して、きちんとした茶室に近づけたい。

仏壇に供えてあった水まんじゅうをご相伴いたしました。



こちらのお香は、今回初めて焚かせていただきます。たのしみです。
手間暇をかけるということに対する、価値、自分への研鑽に費やすということを忘れすぎている現代人。

簡単、便利、早くていつでも好きな時に好きなことができるデジタル化した社会には、時間を忘れ、ゆったりと様々な色やにおい、感性が漂う空間への対価などはナンセンスと思われているようだ。

物理的、経済的な余裕も確かにないかもしれない。それでも、一週間に一度くらい自分を優雅な気持ちにさせる、いや、決して優雅などではなかった昔の普通の暮らしの感覚を取り戻したら人間はもう少し、優しくなれるかもしれない・・・などと、思った夏の終わりの独り稽古のひとときだった。

お茶の、稽古に終着はない。衣食住、季節の移ろい、芸術から音楽絵画、そして、文学に天文学。お客様をもてなす心と自己研鑽、啓蒙、啓発。すべてが自分への修業で、学びなのだ。簡単ではない、けれどあのころ一生懸命稽古をした時代が最近とみに、懐かしい。

2015年8月16日日曜日

今年もお盆が終わります・・・・

酷暑もひと段落。不思議なもので立秋を過ぎると途端に朝晩の風が変わる。毎朝北の窓を開け放つと、その感覚が目に見えるようにはっきりとわかる。そういった季節の移ろいを敏感に感じることができる、そんなことも幸せの一つだと最近は頻繁に思う。

手作りのライト。昔、養蚕で使った糸巻を土台にして和紙を張りました。
立秋を過ぎるとお盆の準備が始まる。墓参りに行くための献花用の花が高騰する前に大量に買うのだが、その手入れも大変。大きな木桶に、波波と水を張り、当日まで涼しい場所で子守。

盆棚は、今年は楽をさせていただき設置しなかった。仏壇周りをきれいに掃除して、父と母の好きだったものを飾って、、、、、といっても、父の記憶がない私には何が父のお気に入りなのかがわからない。洒落者だった父のためにガレ風のランプを置いてあげるくらいだ。
母からの遺品の、年代物の仏画の掛軸を仏壇の側に掛け、無縁仏が万が一訪問してくれてもそこで休息できるように。
ぼろぼろだった仏画ですが、表具師にきれいにしていただきました。かなり古いものなので大事にするようお言葉を賜りました。

若いころ、子供のころはお盆は単なる休みの週という、感覚でしかなかったが、年を重ねるごとにお盆の意味をかみしめ、ましてや母を亡くしてからは、仏が家に戻ってくるという感覚を、まるで、父と母が手をとり私のところに来てくれるのだという、うれしい感覚に変わってきている。

迎え盆は心弾み、送り盆はさみしさに包まれる。それでも父と母が仲良く墓に戻っていくのだから、お互いもう一人ではないのだからと、言い聞かせて、今朝も線香の煙とともに送った。

私の娘はこの盆のさなか、日本のとても意味ある日、終戦記念日が誕生日であり、(帝王切開だったためにその年の医者の都合の良い日に取り上げられた)盆の期間はいつも忙しい。客人は今ではあまり来なくなったけれど、それでも誰かが来た時に何もお構いできないもてなしは失礼だ。と、母に教わったこともあり、万が一のために数日前から冷菓を、作ったり、日持ちのするお菓子を作ったり、まあ、自分もそんなことが好きなのであまり苦にもならない。
赤紫蘇ジュースでゆっくりと無花果を煮た後、ジュースに粉寒天を加えてジェリーにします。
無花果とともに地元農家の硬い甘くない桃を煮ます。しっかり冷まして味をしみこませてからチーズケーキにします。桃のチーズケーキは私のオリジナルレシピ。

これはヴィエニーズという、バターと砂糖、今回はタピオカスターチを加えて焼き上げたほろほろ崩れそうな柔らかなクッキーのような、シュートブレッドのようなお菓子です。上に好みのジャムを乗せます。
さて、良い年をして、未だに親元で暮らす娘ではあるが、私がしてもらったように私も娘を嫁がせる日までは、できることをしてあげたい。

私の好きなお菓子つくりにはもってこいの誕生日ケーキを焼く理由をあっさり、大きなケーキはいらない。作るならカップケーキをお願いします。という、リクエストに応え、今年もピンクのカップケーキを焼いた。
ピンクのアイシングにはビートルーツパウダーを使って色付けをします。クレムフレッシュ、クリームチーズで作る特製アイシングが、彼女の好物です。

子供のころと違ってリクエストされる料理にも違いが出てきて面白い。子供のころは、ピザとか、ラザニアとか、ミートボールに、ミートローフなどという、かなり重たいものが好きだったけれどここ数年はあっさりしたもの、今年は〆た魚のお寿司をお願いします。という、リクエスト。
夏の〆魚の寿司はまさに得て妙である。
寿司飯には自家製赤紫蘇紫子を混ぜ、畑からとったばかりの青紫蘇を上下に施し、やはり自家製青山椒の塩漬けを乗せていただきます。さわやかな夏の寿司です。

仏様も交えてのささやかなお祝い、母の好きだったこはだを使い手毬寿司を楽しみました。

あっさりしたオードブルは、豚肩肉を紅茶で煮た後、ゆずジャムに大蒜しょうゆを混ぜたたれに漬け込みスライスした焼き豚風ハム。
漬けたれに二日間漬け込みました。粒マスタードを添えていただきました。

これは初めてのオリジナルレシピであるがなかなかおいしいハムになって漬け汁は酢とオリーブオイルを混ぜてドレッシングを作り、トマト、アボカド、豆腐のサラダを和えてみました。これがまたおいしい。
島豆腐という、硬い豆腐はチーズのような食感です。冷たく冷やしてオードブルの前菜サラダです。

そして。メインには糠漬けの牛肉、畑から直行のお野菜たちを毎度のことながらグリル。簡単でおいしい手抜き料理。
野菜とともに時差でグリルする糠漬け牛肉。焼きあがったらホイルで肉だけ包んでおくといただくときにしっとり軟らかです。

毎度のことながら、試行錯誤しながらの新しいレシピの発見は私のスローライフに欠かせない。
そして、今年もお盆が終わった・・・・秋はもうすぐそこまで来ている。

2015年8月9日日曜日

特集その1.スローライフの勧め。祖母から伝わる我が家の梅漬け

今回は、リクエストにお応えして、我が家に伝わる梅漬けを公開いたします。
梅干し、糠漬け、味噌やその他の保存食。最近では、絶滅危惧食文化とも、言われています。
和食が世界遺産と、もてはやされますが、私はこういった家庭の保存食こそ本当の意味で、後世に伝えないといけない和食だと感じています。

未熟者の私からの発信ですが、祖母から、母や叔母たちへ伝わってきたこういった、昔ながらの小さな伝統を、私も娘や興味を持ってくださる方に伝えていければ、また違う意味での私の、スローライフの醍醐味と感謝しながら、今回このブログを投稿します。

追熟が進んだ小梅たち。そろそろ準備が整ったようです。

今後は、特集として季節の保存食、我が家に伝わる、また、祖母が作ってくれた素朴な食事や、母が虚弱だった私のために忙しいながらもできるだけ手作り、また、アイデアを加えて作ってくれたものを随時紹介できたらいいなと、思っています。

では、さっそく記念すべき第一回目は・・・・・

土用干し不要の梅漬け!です。

用意するものは

完熟小梅・・・・・1kg
焼酎、またはウオッカなど、アルコール度35度以上のもの霧吹きに入れて適量
粗塩・・・・・180~200g 梅の全量の18%~20%

梅をつけるときは、一度にすべての作業が終了しません。そんな気長に行うスローライフ作業こそ、私には心の癒しです。

小梅がベターですが、もちろん大きな梅でもそこは好みでどうぞ。

梅は6月上旬になると店先に売られ始めます。青い状態で売られていることがほとんどですから買って帰ってきてから追熟を行ってください。
自家製の梅の木からもぐ場合は落ちている梅は絶対に使わないこと。と、祖母や母から教わりました。何故か・・・・不思議です。きれいに見えていても一度地面に落ちた梅は梅の神様が長い期間塩の中で眠らせられるのを嫌っている子だからそういう子を一緒に付けると梅漬けが美味しくなくなる。のだそうです。なんでもそうですよね。嫌々やると、うまくいかない。嫌々勉強しても頭に入らない。嫌々生きていても、決して幸せにはなれない。そんな隠れた人生の意味を都度教えてくれた祖母の信念。私は幼くてたくさんのことを学べなかったけれどそれを伝えられた母が私に残してくれた教えは、娘に教えていきたいと常々感じます。
さて、その梅を家に持ち帰ってきたら、ざるなどに並べ風の通る日陰で、まずは休息していただきましょう。青い色が毎日おはようと声をかけるたびに少しづつ色づいてきます。その色の変化も言葉に表せない自然の美しい色で、本当に癒されます。
追熟前はこんなに青い小梅たち。袋から出してざるに移動します。一緒に写っているのは農家から頂く糠です。糠漬けようです。


小梅は追熟に時間がかかります。色づいているのは南高梅。ブランデー漬けと、ジャムにします。
黄色く、少し赤くなったら、準備ができたしるし。第一の工程塩漬けです。
でも、あわてないで・・・
その前に・・・・小梅の場合は2,3時間、大きな梅の場合は一晩水につけて灰汁を取ります。

水から取り出した梅は、綺麗な布、キッチンペーパーでしっかり水気を取り去ってください。少しでも水が付いた梅を使うと黴の元です。
水気を取りながら、梅の捥ぎ口に残っている蔕を、丁寧にとります。これも省略すると、なぜか絶対にうまく梅が漬からないそうです。傷をつけないように丁寧に取り去る作業。なかなか集中力と丁寧な作業が求められます。爪楊枝の先で取り除けますが梅に傷がつかないように私は楊枝の先を少し切り取って作業をします。

すべての梅の水気と、蔕を取り除いたら、漬け容器、(現代はジッパー付の、プラスチックの袋がとても便利です)に、焼酎を吹き付けて、梅を入れます。梅全体にも焼酎がいきわたるようにさらに焼酎を吹き付けて、お化粧します。袋の中で梅をもみほぐすように転がします。力を入れず梅を傷つけないように丁寧に作業します。

梅がしっとりと焼酎で濡れた感じになったら、余分な焼酎を袋から捨てます。
今度は塩を梅の中に入れます。塩も、私はいつもこだわります。日本は塩の国。さまざまな粗塩が手に入る素晴らしい国です。その中で自分の感性にぴっ!ときたものを選び梅に加えてください。
梅全体に塩が、まんべんなくいきわたるように、優しく揉みころがしながら。これで最初の作業は終わりです。

プラスチックの袋の中の空気をできるだけ抜いて真空に近い状態にして、日の当たらない涼しい家の場所で休息させてください。

梅の完熟状態にもよりますが、数日から一週間たつと梅の中に水分が出てきます。梅酢と呼ばれるもので、宝の水です。
梅酢に梅全体がすっかり浸かっていたら次に進みます。

ステップ2
材料
赤紫蘇・・・・・葉だけの状態で100g
粗塩・・・・・・・20g
梅酢・・・・・・・カップ半分
この時には赤紫蘇を必ず用意しておきます。

叔母の畑からいただく表が緑、裏が紫色の紫蘇です。青紫蘇でもあるのですが塩でもむと大変綺麗な赤い色になります。

梅酢を袋の中から計量カップに半分くらいとります。赤紫蘇は、よく洗ってしっかり水気を切り、太い固い茎は取り除きます。葉の状態だけで100gを用意します。その葉をビニール袋に入れて塩の半分10gを入れて紫蘇をよく揉み、なじませます。
20分くらいすると、葉が柔らかくなってきます。しっかりとビニール袋の中の紫蘇を絞ると真っ黒な灰汁が出ますから、手に付かないように捨てます。残りの塩をさらに加え今度は袋の外からひたすら揉みます。紫蘇がだんだん柔らかくなってきてまた灰汁が出てきますが、不思議・・・・今度は赤い灰汁です。きれいな赤い灰汁なので是非目で楽しんでくださいね。
しかし、その灰汁は捨ててください。しっかり水分を取った紫蘇に梅酢を加えます。さらに手でもむと赤い紫蘇がより赤く見事な赤紫蘇になります。
その赤紫蘇を梅の入っている容器、袋にそっと入れます。
梅に紫蘇が全体に載る感じに、紫蘇を置いていきます。

梅の中に上の紫蘇を投入しました。後は一か月休ませます。 

入れ終えたら、又、空気をできるだけ抜き、口をふさぎます。
これで、すべての工程が終わりました。涼しい暗い場所で一か月休ませてください。

その間時々、チェックしてむらなく色がつくように静かに袋をひっ繰り返したり、裏表を変えたりして、また、空気が入っているようなら都度空気を抜き、真空に近い状態を保ちます。

一か月後に、色つきや、梅が割れたり壊れたりしたものがないか確認してもし、実が割れたものがあったら取り除くとよいようです。
一か月たった梅。きれいに色が入りました。味もとてもフレッシュでまろやかです。塩梅はパーフェクト!
このままさらに、休ませて一年後が、食べごろです。今いただく梅は昨年のもの。梅漬けは時差作業。

2,3か月後が味もなじんで、自家製梅漬けの完成です。一年後が、食べごろという人もいます。また保存も問題なく可能です。私はまだ早い段階の赤紫蘇の香りが口いっぱいに広がる2,3か月後の梅が好きですが、たくさん頂けるものではもちろんないものですから、余計に大切に大事にいとおしくありがたくいただけます。

日本の古代からの素晴らしい知恵と教え。
いつも思うのは、こんなに素晴らしい日本の食文化を、なくすことは万罪にあたると、思っています。地球の劣化、人々のご都合利己主義、切れやすい現代人。そういう人を救えるのはもしかしたら梅漬けかもしれないな・・・と、ここ数年富に感じています。

                    梅漬けが地球を救う!

本当にそうなるかもしれません。
以上で我が家に伝わる梅漬けを、公開させていただきました。合掌

2015年8月8日土曜日

8月が来ました。

八月は本当に忙しい。毎年あっという間に終わってしまう月の一つ。
原爆忌、お盆の準備、娘の誕生日、そして母の命日月でもある。

こんなにいろいろ行事が重なるのも何かの縁。

そして、酷暑。

今月は友人の誘いから始まった。梅雨明け以来、記録更新の暑さの続く毎日。避暑地で有名な山奥の温泉も、まったく涼しい風はなく、いったいどうしたことだろう・・・・と、心配になってしまう、女四人で出かけた山奥の湯治場。
久しぶりに旅行をした。何年振りだろう。グループで出かけ泊まるなんて考えたら修学旅行以来。
自分でもびっくり。50歳を過ぎた女四人で出かけた一泊旅行は、瞬く間に終わり、それでも、素敵な記念の思い出ができた。感謝。
いくつになっても、若い時のように笑い、しゃべり、食べて飲んで、憂さを晴らす。そんな友人がいることに心から感謝である。
この水の清きを守りいつまでも自然が恵みを与えてくれるように人間も謙虚にならないと。

さて、暑い中、スローライフは継続中。とはいえ、オーブンを使うのもはばかられる毎日。毎日35度は軽く超えて、時折40度近くにいや・・・外に温度計を出せば必ず水銀柱が、止まることを忘れたかのように上るのです。


からだが要求するのは冷たいものばかりで、勤めて暖かいものも摂るようにするけれどお茶とコーヒーだけが何とかいただけるだけ。水分補給に自家製紫蘇ジュースを再度作りました。今回は青紫蘇ですが、ザクロ酢を加えて少し色を付けました。ほんのりピンク・・・・・❤
畑の青紫蘇を、朝からとって青紫蘇ジュースをまたまた作りました。
今回は2リットル!
自然の恵みに感謝です。
 
オーブンで焼くミートボールを作りました。肉は塊を家でミンチにします。
追熟トマトがたくさんたまってきました。自家製トマトソースです。
そのソースと塊肉をミンチにして作ったミートボール。ペンネに添えました。

火を使う料理はしばし、怠慢になっています。こうも暑いと大変です。

イギリスで夏に食べられているトライフルというデザートは、冷やして固めるだけ。こんな暑い日本の夏にぴったりです。本場イギリスの、トライフルは、レディーフィンガービスケットという、お菓子をエスプレッソコーヒーで浸し、その上にジェリーを固めその上にたっぷりホイップドクリームを乗せて、お好みのフルーツを乗せます。個人的にはあまり好みではないデザートです(笑)自分で作るものは湿ったビスケットは入れず、人によってはスポンジケーキを代用し、やはり、お酒やジュース、あるいはエスプレッソコーヒーで、ビチャ!っと、濡れたソギーなお菓子の上にゼリーを固める場合もあったりで、いろいろなバージョンがあります。

私のトライフルは、この自家製紫蘇ジュースを使い、アレンジしました。今が旬のイチジクを(この時は赤紫蘇ジュースでした)紫蘇ジュースの中で、ゆっくりポーチします。弱火で煮る感じです。シナモンスティック、ライムのスライスも加えます。そのまましっかり冷ましたら、イチジクだけを取り出して、残ったジュースに粉寒天を加え固めます。

綺麗なガラスの大きめのボウルにイチジクを並べ寒天液を流し込みしばらく冷蔵庫で固めたら、簡単パンナコッタを作りその上に流しいれてキウイフルーツのスライスを並べてしっかり冷やし固めます。
目にも涼しい冷たいデザート。こんなものばかり食べたいから少しでも体に良いものを使って作ります。
このパンナコッタ風は簡単でおいしいマシュマロを使ったババロア風です。

キウイフルーツと相性がとても良いのです。

さて、これだけ暑い日が続くと、地球は確実におかしくなっていると痛感するのですが、一説によると小氷河期が始まっているそうで、氷河期と言えば寒いのかと思いきや、夏は益々暑く、(もう熱い!って感じですね)なり、冬は益々寒くなる周期なのだそうで・・・・・。15年後がピークになるとか・・・
老いていく私にはそんな過酷な環境でどうしようかと今から杞憂になってしまいます。

だからこそ、便利さ追求は控え目に、昔の暮らしを尊重し自然に、盾を突くようなことはせず、優しい気持ちになって暮らすことが大切とますます感じている。

手作り、想像力を使い、無駄を省き、食事もままならない子供や水も飲めない子供のことを考えながら、、、、、
水道水だけ飲みたがる我が家の王子様はどれだけ恵まれているか・・・本当に・・・